会員の自由な一言メッセージを掲載していきます。
今年は「戦後70年のフレーズが色々話題になっている。私達宗高2回生はまさに70年前、昭和20年に終戦を4ケ月後に控えて旧制宗像中学校27期生として入学したものです。当時は敗戦ムードなどなど全く無く、卒業生先輩の青年将校、海軍兵学校生、或いは予科練習生たちが度々軍服姿で来訪し、講堂の壇上で熱弁をふるい「諸君も国の為に後に続け」と激をとばしていた。当時は男子たる者全て軍隊に入ることが当然という時代で、小生も陸軍幼年学校を志望して受験したものです。今振り返ってみると、戦前、戦中も遠い昔となったが、それなりの青春時代があったし、戦後70年という時代が私達の人生の大半以上を占めている事を実感しております。 (平成27年10月)
2期 西郷寿太郎様
秋晴れの空を見ながら平和な日々を過ごしています。学生生活といえば戦時中、物のない中、苦しい時代でした。缶詰の蒸気機関車でデッキにぶら下がりながら通学したこと。アメリカの軍用車に乗せてもらったこと等々。その中でも、バレーボールに熱中し仲間と過ごした日々、くろぱん(あだ名)先生に鍛えられたことも思い出されます。今もその時の学友と時々集まり合って昔話を楽しんだりしております。今私は83歳になり第三の人生を過ごしておりますが、これからも人にしてもらうのではなく人に何ができるかを考え、日々健康で充実した生活を送りたいと願っている今 日この頃です。(平成27年10月)
2期 関八重子様
宗高同窓会のため種々ご苦労されておりますことに感謝申し上げます。更に種々の企画構想のすばらしさに驚いております。私は、福津市出身で中学校からバレー部に入部し、宗高、西南大、損保の共栄火災と十代二十代をバレーボールに明 け暮れ、泥まみれになりながらコートいっぱい白球を追いかけた青春時代を思い出し、これからは、同窓会のお世話に全力を挙げて努めていきたいと思っております。 (平成27年10月)
3期 上妻 光様
宗高同窓会福岡支部も早30周年を迎えました。宗高12回卒業で50年余りの歳月が流れても心は青春時代と変わらず、これからも健康に気を付けて有意義な日々を送っていきたいと思っています。また、年に一度、総会の懇親会に参加しつづけて来たのは良い思い出となっています。支部発足当時は和室で丸いテーブルを囲んでの懇親会でした。時代の流れと共に、洋風のホテル利用に変わっていきました。支部の先輩同級生達と「四つ塚山の会」と名付け月一度、県内登山、ウオーキング、史跡めぐり等12年余り続けています。会員14名、足腰を鍛え健康寿命を伸ばせる良い薬になっています。私の役割担当は「山の会まとめ」作成 です。デジカメは手放せません。今後も無理せず仲良く楽しく続けていこうと話しあっています。最後に宗高同窓会福岡支部が大きく発展しますよう心より祈っています。 (平成27年10月)
12期 水野貞子様
私達宗高15回生は昭和20年生まれで今年古稀を迎えます。今、振り返ってみると50数年前の入学式の時、桜並木(今はありませんが)を潜り校門を入ると校庭には各クラブの先輩方が新入生獲得のため勧誘活動に頑張っておられた。私は中学校時代バレーボールをやっていたので直ぐにバレー部に入部。素晴らしい指導者故吉田敬二郎先生との出会いはここから始まった。吉田先生は宗高バレー部結成の基礎を作られバレーに熱心で何事に対しても厳しさと優しさを兼ね備えた素晴らしい指導者だった。私が高校を卒業し関西学院大学を経て富士フイルムに入社、 日本リーグ(現プレミアリーグの前身)に出場しチームに貢献できたことは吉田先生のご指導のお蔭だと深く感謝しております。これからは宗高同窓会福岡支部の会員として尽力をつくすと共に30周年を迎える福岡支部が今後大きく発展しますように心よりお祈りいたします。(平成27年10月)
15期 田中秀孝様
≪19回生 同窓会に思う≫
私たちは、当番幹事の前年の50歳の時に初めての同窓会を、計画しました。 31年振りで名簿作りに苦労したことを思い出します。それ以来3年ごとに同窓会 を行っています。その他にも毎年2~3回親しい仲間でミニ同窓会を行うようになりました。今年も8月1日(土)ホテル日航で90名の参加で恩師大津先生を招きカラオケ 福引 ゲームと大変な盛り上がりでした。次回は宗高100周年記念に向けて協力呼びかけの同窓会を計画しております。お世話をきっかけに16年が過ぎようとしていますが、嬉 しい再会と又、悲しい別れもありました。19回生幹事として今後も素晴らしい仲間たちと末永くお付き合いできればと願っております。有難うございます。(平成27年10月)
19期 古川通代様
≪同窓会活動の意義の一つと思えるエピソードの紹介≫
昭和49年3月第25回卒業生の私は、恩師の勧めで同級生3名とともに日体大へと進学した。当時の大学には、宗高の先輩が各学年に2~4名おられ、入試時の宿泊所や食事の提供から入学後の面倒まで見ていただくなど強い絆で結ばれていた。以来、この 関係は、順繰りで後輩につないでいったことを思い出す。この遠く大学時代のつながりにより、母校への感謝と愛着を一層深めることができたと思っている。同窓生同士が世話をし、世話をされる関係の順繰りで学年を超えてつながる仕組みを見出す時、年代を超えて同窓生が集える同窓会活動となると思う。(平成27年10月)
26期 吉永春男様
宗高卒の大学同級生(全員陸上部)
≪質実剛健、自彊不息~その先へ~≫
私は先ず、母校の100周年という「歴史的瞬間」に居合わせることができることに心から感謝したい。私たちは母校を「永続化」させていく義務がある。それは、先輩方から連綿と受け継がれてきた「タテ」の繋がりと同級生同士の「ヨコ」の繋がりを強固なものにすることで実現することができる。
そのためにも、今までの枠に捉われず母校の在り方を模索しなければならない。例えば、これまでの枠に捉われない発想でそれも従来の課目型ではない、「人間学」を学ぶコースの検討等である。平成24年(2012年)のロンドンオリパラ以来、「レガシー」という言葉が聞かれるようになった。私は今回の100周年は、母校にとってオリパラのような意味を持つと考えている。つまり、これまでの100年の節目であると同時に、次の100年に向けた新たな出発点として位置付けたい。
今回記念事業として設置される照明や部室整備等の「ハード面」に加えて、「ソフト面」にも思いを致したい。これまでに先輩方が継承してこられた「質実剛健、自彊不息」の校訓、そして次世代に向けた我々からの新たなメッセージに他ならないのではないか。
同窓会では、諸々のことは抜きにして、先輩方、同級生、そして恩師と旧交を温める場、これだけで十分ではないだろうか。
人と人との関係性が希薄化している昨今、同窓会が新たな拠り所となる可能性も秘めていると思うのである(了)。
平成29年10月22日
安部 有樹(第48回 平成9年卒)
上記の文章は「宗像高校同窓会 会報第47号」の「ペンリレー」の寄稿を要約されたものです。
ペンリレーの全文は画像をクリックしてご覧ください。